中国の電気自動車(EV)市場では、BYDなどの大手企業が大幅な値下げを繰り返し、価格競争が常態化した。過剰生産や「零キロメートル中古車」といった問題も深刻化しており、業界全体にバブル崩壊のリスクが高まった。
中国の自動車産業では、内部競争が激しさを増し、特にEV分野では、主要企業が値下げをエスカレートさせ、異常な市場環境が形成された。「零キロメートル中古車(新車に近い状態で市場に出される中古車)」という現象も拡大している。中国共産党(中共)政府の「大躍進」式政策が生産能力の過剰と供給過多を招き、企業の短期的利益への執着が長期的には資金繰りの悪化や業界のバブル崩壊につながると専門家は分析した。
BYDが大幅値下げ 価格競争が激化し収益圧迫
2025年5月、BYDは22車種の知能運転モデルに対し、「618」年間プロモーションとして最大34%の値下げを発表した。この「期間限定補助」は6月末まで実施されるという。
BYDは3月末以降すでに複数回の値下げを行っており、今回の価格引き下げ幅は、過去最大となった。たとえば、エントリーモデル「海鴎」は6万9800元から5万5800元へと約20%引き下げられ、高級モデル「海豹」は15万5800元から10万2800元へと34%の値下げを実施した。
この動きに対し、吉利銀河や上汽通用など他社も追随し、業界全体で激しい価格競争が展開され、この状況は投資家の収益見通しを悪化させ、BYDの株価急落など、市場にも大きな影響を与えた。
「零キロメートル中古車」 虚偽販売の蔓延
熾烈な競争環境の中で、「零キロメートル中古車」という新たな問題が浮上した。この手法では、新車を形式的に登録して「販売済み」と見せかけ、実際には消費者に引き渡さずに中古車市場へ流していた。
長城汽車の董事長・魏建軍氏は、この虚偽販売の実態を公に指摘し、企業が販売実績や資本市場での評価を取り繕う目的で、在庫圧力や資金繰りの悪化を隠蔽していると非難した。
企業は経営目標を達成するため、ディーラーに過剰な仕入れを強制する構図が形成されており、ディーラーは高値で仕入れた車両を低価格で販売するという悪循環に陥っている。その結果、中古車市場の価格体系は混乱し、消費者にも品質リスクが及んだ。
さらに、国内で登録された「零キロメートル中古車」をロシアやアラブ首長国連邦に輸出し、中古車として関税優遇を受ける手法も広がっており、国際市場における価格構造の歪みも深刻化した。
過剰生産と資金繰り危機 「恒大化」リスクが顕在化
中国の自動車産業では現在、「恒大化」と呼ばれるバブル崩壊のリスクが現実味を帯びてきた。これは、不動産大手・恒大集団のように、過剰拡大による財務崩壊を指す。
BYDの2024年財務報告では、在庫規模が1160億元(約2.3兆円)に達し、業界内で圧倒的な存在感を示し、業界全体で、過剰生産と在庫圧力が深刻化しており、持続可能性を大きく損なったという。
専門家は、政府による補助金や地方政府の誘導政策が、企業の無謀な拡張を助長し、短期的な市場シェアや資本市場での評価を優先した結果、企業は利益を犠牲にしたと指摘する。
多くの新興EV企業は、核心技術が未成熟なまま価格競争とプロモーションに依存しており、技術革新やブランド構築が後回しにされ、こうした構造的課題が規制や市場信頼の崩壊を引き金に、連鎖倒産や中古車価格の暴落、販売網の崩壊といった局所的バブル崩壊をもたらす危険性を高めたのだ。
中共政府の競争是正策 限界が露呈
2025年3月、内部競争の過熱を受け、中共政府は、国家発展改革委員会を中心に「過度な内部競争」是正に動き出した。政府は、価格競争や虚偽宣伝、過剰な補助金合戦の是正により、公正な市場秩序の維持を掲げた。自動車価格の監視、企業経営の改革、不正競争に関する通報制度など複数の施策が講じられた。
しかし、専門家の間ではこれら施策の実効性に対して懐疑的な見方が強く、短期的には一定の抑止効果があるとしても、長期的には補助金依存や虚偽販売に頼る企業の淘汰を加速させる懸念があるという。
中国の経済・政治体制そのものが独占や不正競争を助長する構造を持ち、政府の「反独占」や「反不正競争」政策も実効性を欠くとの批判が出た。
技術同質化が国際競争力を削ぐ
中国自動車業界における内部競争は、単なる価格競争にとどまらず、技術やブランドの同質化、資源の重複投資といった構造的問題へと発展していた。
多くの企業は、核心技術を欠き、補助金政策や流行に便乗して市場に参入した結果、技術革新や品質向上が停滞していた。こうした傾向は、長期的な国際競争力の低下を招く要因となった。
国内市場が飽和し、競争が激化する中で、企業は海外市場への輸出に活路を見出そうとしたが、欧州市場などでは安全基準や貿易障壁が高いため、新車を「中古車」として輸出する抜け道が多用されており、国際的な信頼性にも影を落とした。
中共政府は「反独占」政策を掲げ、外資系自動車メーカーや部品企業に対して調査・罰則を相次いで実施し、表向きには消費者保護や市場の健全化を目的としながらも、実態としては、国内産業の保護や政商関係の再構築といった政治的目的が色濃く反映された。
このような政策の不透明性は、外資企業にとって、中国市場での事業運営に大きなリスクをもたらすのは明白だ。
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